数学者岡潔氏の言葉
人の悲しみがどれだけ分かる人になるか。
人の悲しみを自分の悲しみとしてとらえること。
悲しみの感情が分からないと何事にも雑になり
デリカシーが失われることもある。
明治維新の日本は、純粋に湧き上がる感情を大事に
少しも打算の入らない善行を行っていた。
打算の入らない行為とは、損得勘定では動かない自分の感情に純粋な行為で
あって、現代社会は、その損得勘定、計算しながら
やりくりしているような気もする。
今の自分はどうだろう、結構損得で考えているような気もする。
誰にも関心を持たずにいることって、この
悲しみを推し量る、感情を薄めているのかもしれない。
自分を犠牲にして率先して行動する人っていますよね。
その即決ってそこには何も計算がないしすごいなといつも思う。
歴史上の物語や映画ってこのシーンはよく見かけますね。
自分の感覚として、あーこの人、打算丸見えで動いているな
という人は、たまに見かける。
みんな多少持っていると思いますが、それは見せないように
する、または心がけるのがエチケットですね。
相手にそのように思わせると、悲しい気持ちになると思いますので。
常に相手には気分を上向きにさせてあげられるようなことはないかを
気にかけるのも大事ですよね。
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